雑食サッカー情報局

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    2020年04月

    1: 名無しの雑食君 2020/04/30(木) 20:54:42.24 ID:qy5wx4mG9
    1991年に住友金属(鹿島の全身)に加入したジーコは、日本サッカーの底上げに尽力した世界のスターのひとりだろう。93年のJリーグ開幕当初の活躍ぶりはもちろん、2002~06年には日本代表を指揮し、現在は古巣の鹿島でテクニカルディレクターを務める。

     そんなジーコはJリーグをどう見ているのか。19年9月26日号でインタビューに応えてくれたが、ここでは、本誌で伝えきれなかった話も加え、改めてノーカットバージョンでお届けする(※インタビューは19年9月5日に実施)。

     前編では、リーグ発足当初の過去について語ってもらった。

    「日本サッカーも発展していくんじゃないかなと、明るい未来を予想していました」

     Jリーグ開幕当初からジーコは、そんな予想を立てていた。根拠としてまず評価していたのは、リーグ戦開幕を翌年に控えたプレ大会として、92年に開催されたリーグカップ。Jリーグ初の公式大会で採用されたルールが「非常に良かった」と振り返る。

    「第1回ナビスコカップの予選リーグでは、勝利で勝点4、2得点で勝点1がボーナスで加えられるルールがありました。そうすると、やっぱり得点をしなくてはいけない、したほうが勝点を稼げるという考えが選手にも生まれます。一時期は10チーム中9位にいた僕ら鹿島は、7節で名古屋に7-1で勝って、そこで勝点7を得ていっきに4位まで上がりました。そういう例があると、どのチームも得点を量産すれば上位に絡める意欲になるので、多くのゴールシーンが生まれる。サポーターはそれを観たいわけなので、モチベーションも『また観に行きたい!』、『応援しよう!』という気持ちになって、非常に良いルールだったと思います」

     2得点で勝点1がボーナスで加点されるルールは、以降のリーグとカップ戦では採用されなかったが、Jリーグ開幕当初の制度も評価できるものだったという。

    「当時に僕が耳にしたことによると、Jリーグ発足にあたって、Jリーグの関係者やクラブの社長が、アメリカへNBA(アメリカのバスケットボールリーグ)の話を聞きに行ったそうです。そこでは、アメリカでサッカーが普及しなかった原因は引き分けがあるということ、そしてバスケは勝敗がつくようになっていて、必ずどちらかのサポーターが喜んで帰るという状況を知ったようです。

    そこから学び、Jリーグが発足当初に考えたのは、引き分けをなくすこと。ゴールデンゴールも画期的な制度でしたし、90分、延長戦、PK戦に及んででもどちらかが勝たないといけないルールは、非常に良かったと思います。おかげでファンは熱狂的になり、サッカーに興味を持つようになりました」

     初期のリーグ戦は全試合が完全決着方式。90分で決着がつかなければ、得点したチームを勝者として試合を打ち切るゴールデンゴール方式の延長戦が行なわれ、それでも試合が決まらない場合はPK戦に持ち越される。そして、93~94年は勝利数のみで順位が決まっていた。このルールだけでなく、ジーコは「大々的に宣伝をしていたマーケティング」、レオナルド、リトバルスキー、リネカーら「スーパースターを連れてきた」おかげで、多くの観客を集められたと回顧する。

    2020年04月29日 サッカーダイジェスト
    https://www.soccerdigestweb.com/news/detail1/id=72445

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    2: 名無しの雑食君 2020/04/30(木) 20:55:14.51 ID:qy5wx4mG9
    もちろん、「有名な外国人選手はメディアの露出という面では非常に重要」と肯定はしつつも、ジーコは「ただ…」と言って、こう続けた。

    「僕はJリーグ開幕当初、全クラブの社長さんに『日本人のスーパースターも育成しないといけない』と言いました。そうすると、各クラブも取り組み、ヒデ(中田英寿)から始まり、稲本(潤一)、中村(俊輔)、高原(直泰)などの選手たちが台頭し始めて海外移籍。なおかつ、彼らが海外で活躍できたのは良かったと思います。日本のサッカーファンであるなら、ただ有名な外国人選手を応援するのではなくて、やっぱり自国の選手を応援するべき。「応援したい!」という気持ちにさせないといけなかったので、(先述の選手たちが活躍できて)上手くできたんじゃないかと思います。また、その延長線上として、ワールドカップの出場、今でも継続できている連続出場が成果としてあるのは良いことです」

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    1: 名無しの雑食君 2020/04/29(水) 21:35:53.92 ID:yQr96Ucx9
    「史上最高のサッカー選手」について回答 「才能やスキルに特化するなら…」

    プレミアリーグでトッテナムを指揮するジョゼ・モウリーニョ監督が、史上最高の選手に“フェノーメノ”(怪物)の異名で知られた元ブラジル代表FWロナウド氏を挙げた。スペイン紙「AS」が報じている。

    ロナウドはバルセロナ在籍時の1996-97シーズンに、リーガ・エスパニョーラで37試合34得点の活躍を見せて得点王を獲得。世界的スーパースターの仲間入りを果たした。
    わずか1年でインテルに移籍し、世界最強FWとしての地位を確立。膝の大怪我により苦難も味わったが、ブラジル代表のエースとして2002年日韓ワールドカップ(W杯)で復活を遂げ、チームを世界一に導くとともに自身も得点王に輝いた。

    大会後にレアル・マドリードに移籍した“怪物”は、元フランス代表MFジネディーヌ・ジダンや元ブラジル代表DFロベルト・カルロスらを擁し、“銀河系軍団”と呼ばれたチームで加入1年目にして31試合23得点をマーク。
    同年に2回目のバロンドール受賞も果たしている。

    モウリーニョ監督はスポーツ専門サイト「LiveScore」で、“史上最高のサッカー選手”について問われると、
    レアル時代に指導したポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウド(ユベントス)でも、バルセロナのアルゼンチン代表FWリオネル・メッシでもなく、“怪物”ロナウドと答えている。

    「“エル・フェノーメノ”ロナウドだ。クリスティアーノ・ロナウドとレオ・メッシのほうがキャリアは長いし、彼らはこの15年間、常にトップに立ってきた。しかし、才能やスキルに特化するならば、誰もロナウドを超えられない。
    彼がボビー・ロブソンと一緒にバルセロナにいた時、これまでピッチで見たなかで最高の選手だと気がついた」

    そして、「故障がなければ、もっと素晴らしいキャリアになっていたかもしれない」とし、「あの19歳が持っていた才能は驚くべきものだった」と続けた。
    チェルシーやレアル、インテルで数多くの世界的名手を指導してきたモウリーニョ監督だが、自身がバルセロナのアシスタントコーチを務めていた当時に見たロナウドを超える選手は現れていないようだ。

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200429-00259286-soccermzw-socc
    4/29(水) 8:20配信

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    1: 名無しの雑食君 2020/04/29(水) 22:34:27.14 ID:lddLQTvj9
    新型コロナウイルスに感染、闘病したヴィッセル神戸のDF酒井高徳が、29日に退院後初めてSNSを通じてコメントを発表した。

     酒井は3月30日に行ったPCR検査で陽性が発覚。Jリーガーとして初の新型コロナウイルス感染者となってしまった。兵庫県内の医療機関に入院していたが、今月25日になってようやく退院が発表になっていた。

     酒井は自身のインスタグラム(@sakai_go1123)を更新。「今の世の中の状態を考えたら間違った情報や伝えるべきではない事も伝わってしまう恐れもある」と第一声をインスタグラムで発信した理由を語った。

     また「今回の入院で改めてコロナウィルスの恐ろしさを痛感しました」「コロナの終息を一刻も早く願っています。今自分達のできる自粛や感染防止を皆で協力していきましょう」と呼びかけた。

     以下、コメント全文。(原文ママ)

    退院して数日が経ちました。

    自分の言葉で、すぐに皆さんへ発信出来ずすみませんでした。

    きっと動画や自分の口で皆さんに伝えた方がいいんだろうと思いましたが、今の世の中の状態を考えたら間違った情報や伝えるべきではない事も伝わってしまう恐れもあると思いインスタグラムで発信したいと思いました。

    まず最初に、自身にもコロナ感染の危険がある中、入院時に、勤務し対応して頂いた医療関係者の皆様に本当に心から感謝したいと思います。今も昼夜を問わず最前線で対応頂いている医療関係者の皆さまに感謝と共に敬意を表したいです。並びに自分を支えてくれた家族、友人、サポーター、自分を心配し沢山のメッセージをくれた全ての方に感謝します。

    今回の入院で改めてコロナウィルスの恐ろしさを痛感しました。約1ヵ月におよぶ入院生活で、今までの自分にとって当たり前にあった時間や環境、身の回りの人々の大切さが分かりました。

    今サッカー選手の自分にできることは、ピッチの上で全力でプレーするために、最高の準備をすることです。まだJリーグ再開も見えないタイミングですが、ファン、サポーターをはじめ今回メッセージをくれた全ての方に、ピッチで躍動する姿を見せられるようにしていきます。

    最後にコロナの終息を一刻も早く願っています。今自分達のできる自粛や感染防止を皆で協力していきましょう‼?

    4/29(水) 21:23ゲキサカhttps://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200429-43479943-gekisaka-socc

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