雑食サッカー情報局

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    サムライブルー情報

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    1: 名無しの雑食君 2020/04/29(水) 22:59:58.56 ID:lddLQTvj9
    強いはずだった。ただ、後になって思えば、それは思い込みでしかなかった。史上最強とも言われたザックジャパンは、たまったうみを抱えたまま集大成の14年ワールドカップ(W杯)ブラジル大会を迎えた。1次リーグ初戦、コートジボワール戦(14年6月14日)で、そのうみは痛みを伴って噴出する。それは会場の記者席にまで伝わっていた。

    日本は前半16分にMF本田のゴールで先制した。1点リードの後半14分。ザッケローニ監督はFW大久保を投入しようとした。交代を待つ、その時、コートジボワールもエースFWドログバを送り込もうとしていた。横目で見た同監督は、大久保がピッチに入るのに待ったをかけた。ベンチも選手も動揺した。

    ドログバが入った2分後の後半18分48秒に同点、同20分28秒には勝ち越しを許す-。悪夢の100秒間。

    その背景は、大久保の投入で突き放すか。それともMF香川に代えて今野を入れる、もしくは長友を1列前の左MFに上げることで中盤の守備を安定させるか。そんな迷いだった。守備的で16強入りした10年南アフリカ大会後の4年間、日本は美しいパス回しから攻撃をするポゼッションサッカーへと理想を追い求めていた。ドログバが入ることを察知した瞬間、ザックの脳裏をかすめたのは守り切ること。だが、理想を捨てる決心がつかなかった。

    「交代でチームの動きを良くしようとしたが、試みは失敗に終わった。積極的に、攻撃的にプレーすべきだった。残念ながら通常のプレーができなかった」

    大久保の投入は勝ち越されてから。手遅れだった。冷静さを失ったチームは、秩序さえ崩れた。最後は1度も試したことのない、DF吉田を前線に上げてのロングボールでの攻撃しか手がなかった。

    史上最強は妄想だった。我々、番記者もそう思い込もうとしていただけにすぎなかった。前年の13年コンフェデレーションズ杯は3戦全敗。同年10月の東欧遠征もW杯出場権を逃したセルビア、ベラルーシに完敗。その頃、終盤に身長のあるFWハーフナーを入れてロングボールでの攻撃を試そうとした。しかし理想に執着するあまり、ロングボールを蹴らずにパス回しを続けていたこともあった。

    逆サイドの速攻を警戒し、ザッケローニ監督はサイドチェンジを禁じていたが、選手からの要望で解禁されたのはW杯1年前のこと。対話を重視し、Jリーグ得点王のFW大久保をW杯にサプライズ選出した際も長谷部主将に相談したほど。選手に信頼され、人望も厚かったように思う。

    ただ「いい人」で勝てるほど甘くはない。11年アジア杯で優勝。13年10月の東欧遠征で不穏な空気が流れても、その1カ月後にあった欧州遠征で10年W杯準優勝国オランダと2-2で引き分け、当時1年間無敗でFIFAランク5位のベルギーには3-2で勝った。

    収穫と課題、光と影、希望と不安-。両面あっても収穫が課題の解決にふたをし、根拠のない光と希望が影と不安を打ち消していた。

    理想を貫きW杯は1勝もできずに敗退。選手から漏れた言葉は印象的だった。

    「やれるという自信が、いつしか慢心に変わっていた。それに、誰も気づいていなかった」

    ザックジャパン最後の日。ブラジルの合宿地イトゥで最後の会見を終えた同監督を、番記者みんなで見送った。それほど、報道陣からも愛されていた。弱々しい後ろ姿、ふと振り返り、見せた悔しそうな表情。あの光景が、今でも忘れられない。【益子浩一】

    [2020年4月29日12時0分] 日刊スポーツ
    https://www.nikkansports.com/m/soccer/japan/news/202004280000314_m.html?mode=all

    【妄想だった最強ザックジャパン「やれるという自信が、いつしか慢心に変わっていた。それに、誰も気づいていなかった」】の続きを読む

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    1: 名無しの雑食君 2020/04/29(水) 16:12:03.22 ID:WL5pc5/P0NIKU
    メンバーは歴代最高やったのになんでW杯で一勝もできなかったんや

    【ジーコジャパンが失敗した理由wwww】の続きを読む

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    1: 名無しの雑食君 2020/04/29(水) 06:02:00.80 ID:lddLQTvj9
    国内でキャリアを終えたあのふたりが
     
    現地時間4月28日、英メディア『90min』は日本代表に関する特集記事を掲載し、21世紀のベスト11をセレクトしている。

    選出を担当したモルガン・ピオット記者は「日本はフランス・ワールドカップ初出場から6大会連続出場を成し遂げ、
    特に2018年ロシアW杯で高いパフォーマンスを発揮したのは鮮明な記憶として残っている」とサムライブルーを称え、引退した選手も含めて11人をチョイスした。

    GKには「Jリーグでもベスト11に選出され、海外でプレーした日本を代表するプレーヤー」として川島永嗣(ストラスブール)を選出。

    DFは4枚で、CBには中澤佑二吉田麻也(サンプドリア)で、「プレミアリーグで190試合以上に出場した吉田」と
    「プロキャリアのすべてを国内で過ごし、祖国を大切する選手の象徴となった中澤」という対照的なコンビであると綴っている。

    両SBには酒井宏樹(マルセイユ)、長友佑都(ガラタサライ)を挙げた。前者は「ドイツで最高レベルの経験を積んだ後、フランスに渡った。
    日本では海外で成功した選手としての象徴」、後者は「大学卒業からプロに入った苦労人であり、イタリアの名門インテルまで上り詰めた」と称えている。

    MFでは遠藤保仁(ガンバ大阪)、中村俊輔(横浜FC)、本田圭佑(ボタフォゴ)、香川真司(サラゴサ)、そして中田英寿の5人がピックアップされた。
    遠藤と中村は、ともに「日本サッカー界のレジェンド」であるとし、遠藤は「19年間に渡って日本サッカー界を牽引し続ける存在」、中村は「42歳になっても現役を続けているセルティックの英雄」と綴った。

    本田については「CSKAモスクワでの輝かしい活躍が彼をイタリアに導いたが、ミランでは輝かなかった」とやや辛口で、
    香川は「ドルトムントからマンチェスター・ユナイテッドというステップアップは忘れがたく、スペイン2部サラゴサが現在地だとしても、日本の象徴で居続けている」と選出理由を述べている。

    1998年のフランス大会から3大会連続でW杯に出場した中田英寿は、「FIFA100に初めて登場した日本人選手であり、多くの世代にインスピレーションを与えてきた。
    2001年はローマにスクデットをもたらし、今は国際的に日本のブランドアンバサダーとして活躍している」と紹介している。

    そして、FWとして唯一チョイスされた岡崎慎司(ウエスカ)は、次のように評されている。
    「キャリアの大部分を日本から離れて進化してきた、数少ない日本人のひとり。シュツットガルト、マインツを経て、レスターではプレミアリーグ優勝。そして(マラガを経て)ウエスカに渡った。日本サッカーの“記念碑”とも呼べるCFだ」

    最後にピオット記者は「アジア大陸で最強との呼び声高い日本は、進化を続けるだろう」と今後に期待を寄せ、10年後、20年後に再び選出されるベスト11は「予想できない」と綴っている。

    4/29(水) 5:40配信 サッカーダイジェスト
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200429-00010001-sdigestw-socc

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